11 (02.01.18) - 12 (02.01.30) - 13 (02.02.03) - 14 (02.**.**) - 15 (02.**.**) ||BOTTOM

つれづれなるままに その3(No.11- No.16)

N0.11 ヴァーチャルとリアル [NEXT]

 かつてはインターネットと言えば大学や研究機関、大企業などごく限られた場所に所属する人しか利用できませんでしたが、Windows95が発売された頃から個人で電話回線などを使った接続が出来るようになり、インターネットを利用できる人の数が急増しました。それに伴い電子メールを使った「メーリングリスト」あるいはインターネット上の「掲示板」「チャットルーム」と言った場所でのコミュニケーションが盛んになりました。

 それに伴って、ネット上での人付き合いは「ヴァーチャル(仮想的)なつきあいであって、真の人と人とのつながりではない、といった意見もよく耳にするようになった。たしかにネット上では多くの場合に年齢、性別、職業、配偶者の有無などといった、個人の属性を決定する様々な重要な情報が「自己申告」ベースであり、その真偽を確かめることは困難なことが多くあります。実際に「ねかま」「ねなべ」と呼ばれるような性別を偽る者や、既婚者でありながら独身と称して異性を誘惑する者も少なからず居るようです。

 そうは言っても、ネットを通じてコミュニケーションする際、回線の反対側にいるのはリアル=生身の人間です。将来いわゆる「人工知能」がチャットやメールの相手をするようになるかもしれませんが、今のところ(2002年1月時点)は定型文での返事程度で、人間と区別の付かないレベルで応答できるものは実用化されていないと思います。

 チャットで過激な発言を繰り返す人が、実際に会ってみたら温厚な人であったり、逆にネット上ではタイムリーに的を射た発言をする人が、面と向かって話すと口べたでうまく自己表現が出来ないと言うことも時にはあります。これは、上手く利用すれば自己表現の苦手な人が自分の欠点をカバーする手段を手に入れられると言うことも意味します。そして、回線の向こう側にいるのが(メールや掲示板のように同時ではないにしても)リアルな人である以上、実社会での人間同士の礼節もまた忘れてはなりません。

2002年01月18日 最終加筆:2003年11月30日

N0.12 モチベーションと「強制力」 [PREV] | [NEXT]

 自分の周りを見ても「何かを成し遂げている人」というのは、ほとんど例外なく初期の段階でしっかり目標をもち、自分で達成の期限を定めて物事に取り組んでいるようです。そして不思議なことに、多くの場合その目標より早く達成しています。時には途中で目標が高すぎると気づき期限を延ばしたり、中間の目標に改めたりする場合もありますが、いずれにしても自分で定めた目標に出来る限り固執して頑張る人が確実に目標を達成しているといえます。

 目標を達成した後は、人によって様々。更に高い目標に挑んだり、全く違うことに取り組んだりする者も多くあります。あるいは一通り達成した後で、自分の気に入らないところをやり直したり、さらに深く掘り下げたりといったことにエネルギーをつぎ込む人もいます。目標があまりにも大きな物である場合などには、達成した後の虚脱感に苦しむ者も居る様ですが、その場合も時間が経つと新たな目標を見つけたり、達成までの記録をまとめたり、後に続く者への指導に専心したりと、何事かを達成した者でなければできない生き方を実践している様です。

 それに対して、「とりあえず興味を持ったからどこまで出来るか試してみよう」というスタンスで物事に取り組んだ場合、中途半端になってしまい注ぎ込んだエネルギーの割にはっきり形になる成果を出せないことが多々あるようです。最初からそのつもりで、他人から期待される立場でもないなら当人が満足できればそれで構いません。本気になりたいという潜在意識はあるのに、感触がつかめず「興味はあるのだが、目標が定まらない」という場合は本人もフラストレーションがたまることになります。もちろん多くの人が最初は気楽な気持ちではじめても、ある程度感触がつかめた段階ではっきり目標を定め、それを達成しています。

 一番確実にそれを実現する方法は「他人からの刺激」を活用することではないでしょうか。たとえ「他人の役に立たない」趣味であっても、何だかの形でできばえを他人にチェックしてもらえる様な環境に自分をおく努力をすることです。同好のサークルがあればそれに入るのが確実な方法です。それも出来る限り自分より上級者が多くいるところに身を置き、謙虚な気持ちで自分の進展を評価してもらうと良いでしょう。もちろんリアルな集まりではなくて、原稿を発表し合う同人的なものでもネット上のバーチャルな集まりでも同様に利用できます。よほど意志の強い人でないと自発的なモチベーションだけで目標に固執し続けるのは限界がありますので、なにか自分に強いる外的な力、「強制力」とでも呼ぶものを活用するのが有効でしょう。たとえ義務感は伴わなくても、他人からの刺激をうまくこの「強制力」に利用できれば良い結果に結びつく様に思います。

2002年01月28日 最終加筆:2004年01月31日

N0.13 落っこちクイズとハラキリ [PREV] | [NEXT]

 昔やっていたテレビのクイズ番組の企画で、回答者が電車に乗せられて、一駅ごとに問題に答えると言うのがありました。答えを間違えると次の駅で電車を降ろされ、終点まで残った者だけが決勝進出というルールでした。一度間違えたらおしまい、全問正解できた者だけが勝ち残るという勝ち抜き戦と言うことです。この手の番組では非常に多くの応募者から、ほんの僅かの決勝進出者を効率よく選ばなくてはならないので、この目的には最も適した方法なのでしょう。

 実社会でも「官僚的」と言われる古い体質の残る組織では、このクイズ番組と同様、最後まで失敗しなかった者が「勝ち組」となると言う風潮がある様に思われます。はたしてこの方法で本当に能力のある人がそれを発揮することが出来るでしょうか。不注意や怠慢によって本来防ぎ得る失敗をしてしまった者が、何事もなくそのままとは行かないのはやむを得ないでしょう。しかし、本人の落ち度が極端に大い場合以外は、一定の「けじめ」をつけたうえで次の機会を与えるのが、むしろ能力を発揮させる方法ではないかと思います。

 封建時代においては、高位にある者ほど失敗の責任は重く問われ、しかもやり直しの機会が与えられなかったことは「切腹」の制度からも判ります。明治維新からもう既に130年余が経っていますが、まだまだハラキリ思想は根強く残っている様に思います。そろそろ、日本人もそのあたりの意識を改革した方が良い時期ではないでしょうか。

2002年02月03日 最終加筆:2004年01月31日

- -

[[an error occurred while processing this directive]]